ミニバレー の歴史

  1. ミニバレーの歴史

  2. 西区ミニバレー協会の歴史

 

西区ミニバレー協会10周年の歩み
昭和47年、十勝の大樹町で生まれたミニバレーは誰でもが手軽に楽しめるスポーツとして道内各地で普及しましたが、 札幌でも、61年帯広から転勤してきた仲間数人が集まりスタートしました。人口の多い札幌市に於いては体育飴の利用は、ままならずスポーツとして認められていなかったミニバレーの利用は不可能な状態でした。
 手稲西小の開放から、手稲コミュニティーセンターの利用と仲間集めはもとより、体育館捜しに四苦八苦しての始まりでした。
 西区体育館が61年12月にミニバレーの開放を開飴することを契機に、札幌の体育館の中で最初にミニバレーの開放を取り入れて頂きました。
 ミニバレーは、既存の器具を利用でき、簡略なルール、人数も1チーム4人ということで、簡単に取り組むことができます。ボールもビニール制でやわらかく、初めての方にも恐怖感がおきず、ネットの 高さも155cmということで、誰でもがアタック・ブロックの醍醐味を味わうことができます。ボールが軽いので球質が変化しやすく、予想のしないプレーに笑いが絶えません。
 また、クイック・アタック・ブロック・移動攻撃・時間差と多彩な攻撃で、皆、全日本の気分を満喫することができます。この楽しみを大勢の仲間に知ってほしく、新聞・ラジオ、テレビと報道機関に働きかけ、まずはミニバレーを知ってもらうことからスタートしました。テレビの「パック2」に札幌で普及している軽いスポーツということでミニバレーを紹介して頂いたことを機に、番組を見た八雲のミニバレー仲間から声が掛かり、札幌から車で八雲の大会に参加、優勝をして尚一層の盛り上がりをみせました。
 道新の「女の集い」欄に紹介して頂いたときは、夢は札幌での大会開催と語ったときには、みなに呆れられたものですが、今のミニバレー普及を誰が想像したでしょうか。
それぐらいミニバレーの練習続行が大変な状態でした。 63年に西区初代会長佐藤飴良さんのご指導の基、西区ミニバレー連格協議会が設立され初めての西区体育館主催のミニバレー大会が開催されました。
 また、仲間内にいたNTT職員の奥さんの働きかけにより、NTT杯と冠のついた大会も開催されるようになり、一気にミニバレー人口が西区を中心に札幌の各区は基より石狩、江別まで広がっていき、翌年の札幌ミニバレー協会設立の懸け橋となりました。さらにその後の、白石・北区・厚別・南区の各区協会設立へと進みました。
(星井 国美 記)